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2014年2月8日土曜日

江國香織『神様のボート』(新潮文庫)

母と娘がさまよっている。ある土地に慣れると、すぐに引っ越してしまう。おまけに古い友人や親族にも連絡を取らない。なぜか。女のお腹に子供ができていることも知らぬまま、男が姿を消してしまったから。必ず戻ってくる、どこにいても見つけてみせると言ったから。そして瞬く間に16年の月日が流れてしまう。
必ず戻ってくるという約束を、母は頑なに信じている。こうなるとまるでキリストだ。そしてその信念を貫くために、家庭と世界のあいだには堅い壁を張りめぐらされる。一人でやっているならいい。でも娘を巻き込んだとき、それは極小のカルトになる。その中にいることがどれほど心地よくても、むしろ心地よければよいほど危険さは増す。
それにしても、母娘の関係というのはキツいなあ。お互いにいちいち言わなくても心の動きがわかりすぎるほどわかってしまう。でも黙って娘が母親の言いなりになんて、とてもなっていられないほど、全くの別人だ。しかも娘は、自分の意見を言いながら同時にお母さんがかわいそうだと思う。けれども言わなければとても生き続けられない。こういう共依存っぽい関係は普通のことなんだろうか。
娘がこの極小の世界をどう断ち切るかが圧巻である。そして男は戻ってくるのか。戻ってきたとして、それは現実の世界での出来事なのか。家族、救い、物語、愛情など、様々なことを考えさせてくれる。感情を巻き込むあまりの力に、読後しばらく酔ってしまった。