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2014年7月3日木曜日

島田潤一郎『あしたから出版社』(晶文社)

心を込めて、好きな本を好きな人に届ける。それだけのことがなんでこんなに貴重に感じられるんだろう。島田潤一郎の『あしたから出版社』は、作家になろうとして挫折した若者が、編集の経験もないまま、好きな本を作り上げてそれを必要としている人に届けたい一心で出版社を立ち上げる物語だ。小島信夫やマラマッドなどの、夏葉社の作る、時代を超えたようなたたずまいの本に惹かれたことがある人なら、この本は心の底から楽しめると思う。
「ぼくは、いつか、袋小路に入り込んで、だれもほしいと思わない本をつくってしまうような気がしている。たとえば、ある失敗を機にお金に困り、マーケティングなどといいだして、自分が必要としてはいない本を、これまで培ったノウハウで、ヒョイヒョイとつくってしまうように思う。
ほしいかほしくないかと聞かれたらそんなにほしくないけれど、でも、きっと、読者がほっしていると思うんだ。
そんなことをいいはじめたら、ぼくの仕事は、終わりだ。」(176ページ)
こんなに痛切な言葉があるだろうか。島田さんの不器用さとシンプルさに、僕は出版の、そして仕事の未来を感じる。